2014.3.31
制御工学システム分野 田村晋司
電車やバスなどの交通機関に乗っているとき,加減速時には慣性力が掛かり,カーブでは遠心力が掛かることを日常で実感していると思います. これは電車やバスなどが加速度を持った運動をしている場合に外部から見たとき,中の物体が一緒に運動するためには同じ加速度を持つ必要がありますが,車内から見ると静止しているため加速度は0となることから生じます. このような加速度を持つ車内での運動は,静止している観察者から見た運動と車内の観察者から見た運動は異なるために分けて考える必要があります. この静止している観察者と運動している観察者から見た運動を,それぞれ力学の用語で静止座標系と運動座標系の運動と呼び,運動座標系が持つ加速度を運搬加速度と呼びます.
上記の慣性力と遠心力の例では,静止座標系から見ると車内の物体は運搬加速度を受けた運動となります. ニュートンの運動方程式より加速度は力より生じるため,車内の物体は質量×運搬加速度となる何らかの力を受けて,運動座標系と一緒に運動することになります. 一方,車体に固定された運動座標系から見ると車内の物体は上述のように静止しているために加速度は0となります. つまり,運動座標系では車内の物体に掛かる力は釣り合う必要があるのですが,静止座標系上で運搬加速度を発生する力がなくなることはないので,この力に釣り合うために逆向きの別の力が必要となります. この釣り合うための力が慣性力と遠心力であり,両方とも運動座標系で静止し続けるために必要な力ですが,発生する実体がありませんので両者とも見かけの力となります.
加速度a の電車の中に質量m の質点をぶら下げたとき,静止座標系と運動座標系から観察した場合を図1に示します. 実体の力である張力T と重力m gは静止座標系と運動座標系で変わりません. しかし,静止座標系では張力T と重力m gの合力が水平方向の加速度a を生みだす力ma となるのに対し,運動座標系では慣性力−mg ,重力m g,張力T が釣り合うこととなります.
(a) 静止座標系 | (b) 運動座標系 |
図1: 加速度a の電車内の質点の力学 |
上述した慣性力と遠心力は運動座標系で静止し続けるための見かけの力となります. 一方,力を受けない物体の運動としては静止状態の他に等速直線運動があります. 例として,図2のように電車内で質点を投げた後にカーブを曲がる場合を考えてみましょう. 投げられた質点は運動座標系の運動を影響を受けずに等速直線運動を続けますので,静止座標系から観察すると(b)のように電車がカーブに掛かった時点で側面に衝突してしまいます. 一方,車内から質点の運動を観察すると(c)のように曲がって衝突するように見えます. 質点が曲がるためには,速度の変化すなわち加速度が作用する必要があり,これがコリオリの加速度です. これと同じ原理によって振り子が回転するのがフーコーの振り子であり,振り子の往復する方向は変化しないのですが,地球の自転によって振り子が回転するように見えます.
(a) 直進走行 | (b) カーブの通過 | (c) 車内から見た運動 |
図2: カーブを通過する車内での質点の運動 |
このようにコリオリの加速度は,等速直線運動,つまり言い換えると静止座標系における運動量保存則より運動座標系に生じる見かけの加速度です. このコリオリの加速度が観察される身近な例として低気圧の渦の向きがあります. 地球の北半球において考えると,図3(a)のように赤道付近では回転軸からの半径が大きいため自転による速度は大きいですが,北になるにつれて回転軸からの半径が小さくなるために自転による速度が小さくなります. 北半球において北に向かって移動すると自転による地面の速度が小さくなることとなるので,運動量保存則より右向きに曲がることとなります. 逆に南に向かって移動すると自転による地面の速度が大きくなることとなるので,同様にして右向きに曲がります. すると図3(b)のように北半球の低気圧では反時計回りに風が吹き込むこととなります. このため,北半球ではコリオリの加速度のため,台風は必ず反時計回りとなります.
(a) 地球の自転と地面の速度 | (b) 低気圧に吹き込む風 | |
図3: 北半球におけるコリオリの加速度と低気圧の風向き |
次に,Oを中心として回転する質量が中心方向あるいは外周方向に移動する場合のコリオリの加速度を考えます. 図4(a)の赤の矢印のように中心をOとして反時計回りに回転する場合,それに伴う速度は青の矢印のようになります. 図4(b)の緑の矢印のように質量が中心方向に移動する場合,大きな運動量を持つ質量が回転による速度の小さい領域に移動することとなるため,水色の矢印の方向にコリオリの加速度が発生します. 逆に図4(c)の緑の矢印のように質量が外周方向に移動する場合,小さな運動量を持つ質量が回転による速度の大きい領域に移動することとなるため,水色の矢印の方向にコリオリの加速度が発生します. このようにコリオリの加速度は図4(b)では回転を加速する方向であり,図4(c)では回転を減速する方向となります.
これはまさしくフィギュアスケートのスピンで腕を縮めると回転が早くなり,腕を水平に伸ばすと回転が遅くなる理由であり,それぞれ図4(b)と図4(c)に対応しています. このフィギュアスケートのスピンは慣性モーメントの変化による角運動量の保存則で説明されることが多いですが,この角運動量の変化を引き起こす力のモーメント(トルク)はコリオリの加速度から発生します.
(a) 回転に伴う速度 | (b) 中心方向に移動する時のコリオリの加速度 | (c) 外周方向に移動する時のコリオリの加速度 |
図4: 半径方向に移動する質量に働くコリオリの加速度 |
ここまでコリオリの加速度の大きさについては触れませんでしたが,角速度ω で回転する運動座標系上を速度v で運動する質点に掛かるコリオリの加速度は2vω となります. この係数2が掛かる理由については,以下のような解釈ができます.
図5(a)のようなOを中心として角速度ω で回転するO-xy座標系を考えます. そして初期時刻において中心Oから質点Aを速度v で投げたとします. この場合に時間t が経過すると図5(b)のようになります. 回転座標系はO-x'y'となるので,回転座標系上の観察者は質点の速度はv' に変化し,質点はA'に移動したと考えます. しかし質点は座標系の回転の影響を受けないので,Aの位置に移動します. この観察者が期待する位置A'と実際の位置Aの差を考えてみましょう. 図5(c)のようにA'とAは両方とも半径方向にvt 移動し, 速度v' とv のなす角度はωt となります. するとA'とAとなす弧の長さはvt sinωt となり,ωt が小さいという近似を使うと結局図5(c)に示す通りvωt 2となります.
回転座標系にいる観察者は質点が赤の矢印で示すvωt 2だけ移動したと考えることとなります. ここで移動距離が時間の2乗に比例する運動というのは等加速度運動であり,一定の加速度a による移動距離はat 2/2となることを思い出してください. するとvωt 2移動する運動は,一定加速度2vω による運動となります.
この例のようにコリオリの加速度の大きさ2vω を解釈することができます. なお,図5では遠心力を省略するため中心から質点を投げた例を考えましたが,質点をどこから投げても同じように方向の変化が起こるので,中心以外でも同様に考えることができます.
(a) 初期状態 | (b) 時間t 経過後 | (c) 移動距離 |
図5: コリオリの加速度の物理的解釈 |